[OB便] ●2018.09.07 知床岬行 13期中谷吉伸
知床岬行
長年の念願だった知床岬に行った記録です。
この知床の後カムエクにも登って、何回かに分けて出かけた北海道の山旅も最後にしようと思っていましたが、札内川の林道が通行止めになっていたためカムエクが残ってしまいました。もっとも知床の疲れが残っていたので丁度よかったのかもしれません。
○期日:
2018年7月29日(日)~31日(火)
○参加者:
中谷(13期)記録、他2人
○参考地図:
右の地理院地図は管理者が追加
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1.計画
○以前から行きたいと思いながら行くことが叶わなかった知床岬にようやく行ってきた。会社勤めの間は知床まで足を延ばす時間的余裕もなく、また主に山歩き中心にやっていたので海岸歩きの知床岬行きはどうしても後回しになってしまっていた。
○さらには山ではないということで興味を示す同行者がいなかったことも今まで行けなかった理由の一つかもしれない。山仲間の中で、今回は毛色の変わった所へ行ってもいいという2人が現れ3人で知床岬への旅を決行することになった。
○計画をするにあたっては、既設のロープなどが使用できなくても自力で登下降可能な装備を持参すること、その一方で平均年齢70歳オーバーの年寄りパーティーなので軽量化して行動での余裕を持たせること、そしてとにかく無理をしないことを基準にした。
○装備については、平成26年、27年の知床ガイド協会の巡視報告書の「9.巡視体制③高巻きなど難所対策」を参考にし、軽量化も考慮してφ8×40m、φ8×20mロープ、60cmスノーバー各1とその他のクライミングギア。更に上記にはないが2本のスノーバイルと1個のタイブロックそれに各自の沢靴。一方テントは出発直前に安定した天気が予想されたことからツエルトを持って行くことにした。スノーバイルは後で述べるようにカブト岩の下りでの使用を想定して持参した。
○食料はアルファ米とフリーズドライ食品(このために残念ながら食事は貧弱だった)を主体にして軽量を図り最終的には1人当たりの重量を12kg以下にできた。
○高巻き個所では一部を除きフィックスロープが設けられていて利用させてもらったが、これらのフィックスロープについては、羅臼町では毎年知床岬目指して「知床ふるさと少年探検隊」が活動しており、その活動の前にはロープ類の点検をし、古いロープには併設して新しいロープが設けられていた。
○今回軽量化したことで難所とされるへつり、高巻き個所、巨岩帯の通過はスムースに行えたと考えている。
○なお歳を考え無理をしないということで、帰りは半島の先端部の赤岩から相泊まで船で戻ることにした。船の利用は、原則として往きについては認められていないようだが、帰りについては安全面を考慮して黙認されているとのこと。もし往復とも陸路を取るとなると行程の難易度はかなり高くなる(往路よりも帰路の方が、難易度が高い)と思う。
○さらに今年から赤岩の番屋が無人になったため緊急時の利用ができなくなっている。そのこともあってか船を頼むときには予備日を取るように念を押された。
○この知床岬への行程では、トッカリ瀬(観音岩の先)から船泊(ルートの取り方によっては近藤ヶ淵(ペキンの鼻の先))まで干潮時にしか通行できない個所がいくつかあるため潮の満ち引きの情報を得ておくことが重要である。我々もこの間を干潮時に通過することを考えて大潮直後の7月30日にこの区間を通過することで日程を設定した。
○これ以外にもルートに関する情報は、10年前の先輩諸氏の記録も含めてネットから収集した(近年ネットの情報がいろいろあり、今回のルートイメージ作りには参考になった)。
○前置きが長くなったが、ルサフィールドハウスに立ち寄りルートに関する情報を得るとともに熊撃退スプレーをレンタルし、29日の昼過ぎに相泊から出発した。
○下に「知床半島先端部地区利用の心得」から引用した行程の概要図を示す。
<行程の概要図>「知床半島先端部地区利用の心得」から引用 |
○この図の赤
▼がこのコースのポイントということで、そのことを重点的に考えていた。しかし今回それ以外の要因、気温の高かったことが我々を苦しめた。涼しい旅を期待していたが30℃を超える高温でなぜか多湿、おまけに南向きの日中の海岸線は日影が少なく照り返しもあって午後になると大幅にペースダウンした。
2.29日
○29日は午後からの出発となったため最初から灼熱の海岸歩き。この日はルート上の最初の高巻き観音岩を越え、時間的にはもう少し可能だったがこの先のトッカリ瀬が干潮時でなければ通過困難なため、ウナキベツ川を渡った所の番屋の横にテントを張った。なおこのコース上には番屋の建物は結構あるがいずれも無人だった。
○観音岩高巻きの下部はこの今回のルートの高巻きには珍しくホールドの多い岩場だったが途中で突然ホールドが乏しく滑りやすて登りにくい粘土質の斜面に変わり戸惑う。
○観音岩を越えたところにはカウンターがありここから先に進む人数を調べているようだ。ルサフィールドハウスの話では年間で100人ほどとのこと。
3.30日
○翌30日は適切な潮位になるまで動くことができず、結局歩き始めたのは8時をまわってから。結果的にこの3~4時間の出発の遅れがこの日の後半になってから影響が出たようで予定していたところまで行くことができなかった。
○難所といわれるトッカリ瀬も潮が引けば、ごろた石の浜に比べはるかに快適に歩くことができる。ちなみに知床岬へのルートはへつり箇所を含む岩場と粘土質の高巻きのところもあるが大半は浜辺で、それも大ぶりなごろた石の浜である。番屋の周辺に比較的大きさの揃った大きめのごろた石が多いのは昆布を天日干しするためのようだ。したがって意外とテントを張るのに適した場所は少ない。
○このごろた石の浜辺は意外と難物で、疲れてくるとバランスを崩し足首を捻挫する恐れもあり注意が必要だ。我々も午後からの炎熱下での浜歩きで体力を消耗し何度かバランスを崩すこともあった。なおごろた石の浜歩きではストックの使用は有効だと思う。
○モイレウシ手前の巨岩帯で初めてヒグマと出会った。5~60m離れた斜面の茂みの中で黒い影がゴソゴソ動いていた。過去何度も北海道の山を歩いたが初めてのヒグマとの対面だった。ルサフィールドハウスで「知床ではヒグマに会わないことの方が珍しい」と言われていた。この後のヒグマとの遭遇状況からすればまさに事実であろう。
○ところでこの巨岩帯、登ったり下りたりと大変なうえルートも判然としない。荷物が重いと結構鬱陶しいところになるのだろう。
○「知床半島先端部地区利用の心得」ではマーキングはするなと書いているが、ここには数は少ないものの目印のためと思われるテープがあった。
○この巨岩帯を越えるとモイレウシ湾。この行程中で最も美しいと言われ、知床岬を目指す旅人の多くが一夜を過ごすという。この日は「知床ふるさと少年探検隊」のテントが並んでいたし、翌日の帰りの船から見ると浜辺の端に岬を目指すのであろう小さなテントがあった。
○モイレウシ湾の先、しばらくは干潮時のみ通過可能な場所を通過するが、先のトッカリ瀬と同様、潮の引いた状態では快適なところだ。
○事前の下調べではこの日一番のポイントがペキンの鼻の先、近藤ヶ淵をどう通過するかだった。ここの通過としては3つのルートがあるといわれている。
○1つは干潮時をねらって海の中を通る方法で、10数メートルの渡渉、時間にして5分ほどで通過できる。状態さえ良ければ干潮時でなくとも(自己責任においてだが)岩をつかみながら突破することも可能だと思う。
○2つ目は1のルートで海に入る手前から高巻きし、10数メートルの岸壁の上をトラバースする方法で沢靴などの装備が不要になり潮の影響も受けにくいが、トラバースが若干危険で最後の海岸まで降下がブッシュで分かりにくいと言われている。通過時間は30分ほどという記述もある。
○最後は2つ目のさらに上を高巻く方法で、より安全だ書いてあるが当然時間は一番かかることになる。
○我々は沢靴を持ってきていたこと、またこの時点でメンバーの1人がかなりバテていたこと、それと潮位も50cm程度だったこともあり一番楽で速い1つ目のルートを採った(したがって2つ目、3つ目にについて詳しいことは分からない)。
○写真のように腰ぐらいの深さだが、足元が昆布の林なので足で探りながら行かなければならず、私はバランスを崩し胸まで海に浸かった。
○ここだけに限定すれば、海底の状況を考えれば沢靴でなくてもいわゆるマリンシューズや(バランスが悪く沈する可能性は高いが)ビーチサンダルでも可能ではないか。しかし歩いて往復するならここだけに限らず若干潮が満ちても行動が可能になる沢靴持参の方が行動時間の自由が増すため好ましいだろう。沢靴だけで通して歩くことも考えられ、実際北海道では知床に限らず日高などでも沢靴だけで行動する登山者を結構見かける。ただし荷が重い場合はどうだろうか。
○この日の内にできれば念仏岩を越えたかったがメンバーの状況から断念し、念仏岩の手前、滝ノ下の番屋の横にテントを張った。
○ここでも小屋近くの崖の上に熊が現れ、また姿は見えないがすぐそばの茂みの中でも音がしていたのでそこにも多分いただろう。しかしこの頃になると(良いことかどうか分からないが)慣れてしまってヒグマのことが気にならなくなっていた。
4.31日
○翌日は汐待の問題がないので4時半には出発したので、涼しい中快調に進んだ。
○途中の念仏岩は今回のルートでは数少ない砂地で洞窟状になっているので、水の問題を除けば最適なテントサイトだと思う。その水も手前の女滝あたりで汲んで持って行けばよい。10年前の先輩諸氏もここでテントを張ったようだ。
○知床岬へのコースの高巻きは、滑りやすい粘土質の急斜面でしかも手掛かりになるような灌木もほとんどなく、あるのはフキやイタドリぐらいである(本土のものに比べ丈夫なのである程度はたよりになるが…)。個人的にはここの登下降がコース中の高巻きの中では一番鬱陶しく感じた。フィックスロープはあるが枯れ木に支点をとっているのでどこまで信頼できるか…。
○鞍部を越えるとすぐに10mほどの垂壁である。何本かロープが懸かっていたがここでは自分たちが持ってきたロープを使って懸垂下降した。帰りにここを登るとなると万一残置ロープがなければたとえロープを持っていても登ることは非常に困難だろう。我々は帰りも歩かなければならない場合も想定し残置用として20mのロープを持参していたがフィックスロープがあったので残置はしなかった。
○念仏岩を過ぎるとあとはカブト岩の下りのみである(その前に今回のルートで最大の200ほどの登りはあるが)。カブト岩の下りは近年崩壊が進んでいるとのことで、特に最上部は非常に滑りやすくしかも手掛かりもない。ただ下手な落ち方をしなければ滑落しても大ケガをすることはないか?
○我々はスノーバーを打ち込みアンカーにして上部だけは懸垂下降したが、最後の1人はロープ回収後スノーバイルを斜面に打ち込みながら下降した(こんなことをするとますます斜面の崩壊を進めることになるが)。その後は斜面の崩れる岩に乗りながらなんとか降りることができた。ただしメンバーの1人はかなりてこずっていたようである。大きなパーティーでは時間のかかるところであろう。
○赤岩に荷物を置いて後は岬の先端まで軽装で歩くだけの楽勝のはずだったがここで問題が発生。これから進もうという海岸にヒグマが、しかも2頭もいたのである。いなくなるまで待とうとしたが全く移動する気配なし。笛を吹いても「うるさい奴っちゃなぁ」とこちらをジロリと見るだけですぐ岩の下の餌探しを続ける。
○40分近く経っただろうか、仕方なしに海岸から離れた山際をソロリソロリと通り過ぎることにした。それでも最短距離は2~30m位だったか。2頭のうちの1頭らしきヒグマは戻ってきた時にまだいたが、我々の姿を見ると茂みの中に入って行ってくれた。
○知床岬の先端は30mほどの海岸段丘が広がり、その上は一面の草原だが所どころ見通しの利きにくいところもあるので時々熊よけ笛を吹きながら歩く。この日もこの頃になると気温が高くなり草いきれの中を進むことになった。最後は2百数十段の階段を上り、憧れの知床岬灯台に登り着いた。沖合にはウトロからの知床岬観光船が浮かんでいた。
○この後、岬の先端まで行き、再び段丘上を通り赤岩まで戻った。
○帰りは高速の船で相泊に戻ったが、途中サービスなのか所々でスピードを落として海岸に近寄ってくれるので通った道を振り返ることができた。
<知床岬灯台> |
<知床灯台から岬の草原と国後島の島影> |
5.あとがき
○ところで今回のルートでは常に右側の海の向こうに国後島が見えていたが、その島影は私が思っていたものをはるかに超えた長大な島影だった(視野角にして120度近くある)。地図を見れば分かることだが国後島は平行した知床岬の倍近い120kmもある。
○どうでもよいことかもしれないが私にとっては新たな発見だった。考えてみれば日本で最も狭い国境である。
○なお今回の報告は、声をかけながら一緒に行くことができなかった57期OBの人達や現役など、今後知床岬を目指す時のきっかけになればという思いも兼ねて書きました。
○今回計画するにあたって参考にした主なものを下記に記します。
1.
知床データセンター
2.
知床先端部地区利用の心得「シレココ」
3.
潮汐計算(網走)
4.
ルサフィールドハウス